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水害の街

10月12日未明千曲川の堤防が決壊し、我が町の中心部大半は水没しました。

我が家は古くからの里山にあり、ハザードマップで安全地帯にありますので、停電以外の実害はありませんでした。

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裏山より街を望む

約30年ぶりの出来事で、河川の護岸工事や揚水ポンプ、ダムなど治水工事が行われ、もう過去の悪夢と思っていた事態です。

写真にある新幹線車用基地も、長野県が水害に対し万全を期するということで誘致され造られたと伝え聞きます。

千曲川支流浅川

私が二十歳前後の頃は、我が街は毎年のように水害に遭い、その原因のほとんどが浅川など千曲川支流でした。特に浅川は名前の通り、底が浅くちょっとした水路ゲートから逆流し、あっちこっちで氾濫していました。

浅川はそのため徹底的に護岸工事と揚水ポンプ場が整備され、上流ではダムも作られました。

蛇足ですが、浅川ダムはなんちゃって田中元知事が、現場事務所も完成し、さぁ工事だというところを、計画を白紙撤回されたことがあります。当時は土木資材メーカーの技術職で深い繋がりがあり、あっけに取られ呆れ果てたものです。涙する営業マンを宥め、工場の連中からも八つ当たりされ散々でした。

最初の実被害

駆け出しの頃、3日間ぐらいの降雨が続き朝出勤したら、工場と事務所が水没して船が浮いていました。当時の工場長(地元出身)は夜間に操業停止と電気部品や原料を高いところに上げることを進言していましたが、経営責任者に危機感がなく、ギリギリまで稼働し続け被害が甚大になってしまいました。そこから泥とゴミとの闘いと復旧を経験しました。工業高校出身でしたが建築科であり、電気知識がプラスとマイナスの100V電源しか知らない私が、三相200V100馬力の電動機をいじるのだから恐ろしい結果になりまして、RSTを入れ違えて逆回転なんてありました。(後に三相電源の理解を深めるきっかけになりました)電動機類は配線を取り外してジェットヒーターで乾燥させ、内部のゴミをできるだけ取る作業です。1週間ぐらいで再稼働し始め、1か月でほぼ元通りの運転になりましたが、何だかんだいいながら1年以上は細かいダメージに苦しめられました。

内緒話として、時の社長は経理の帳簿をあえて水に放り込んでいました。

弟のアパートの水没

浅川が千曲川に合流する地点では巨大な揚水ポンプがあります。これが落雷で故障していて稼働せず、我が街は水没しました。当時、弟のアパートは「沖」という地名のつく低地にありました。新婚ほやほやの家庭を襲い1階は全没でひどい目に遭い、弟はその後、高台過ぎる場所に家を新築し、坂道の労を惜しまなくなりました。

鳥居川の決壊1回目

一度目は上流で降りすぎ、濁流と木が押し寄せ橋を壊し変な形で水の流れを変え氾濫しました。同僚や知り合いの家が被害に遭い、ドロとゴミの戦いに疲れました。

鳥居川の決壊2回目

当時は地元に暮らしておらず、詳しくは知りませんが、千曲川の水位が上がり敢えて鳥居川の堤防の一部を壊さないと、被害が広範囲になる恐れがあったらしいです。県も国交省も知ったことかで地元の判断で強行し、自然によるものか人為的なものなのか揉めたそうです。

その後、鳥居川の堤防が補強工事がされますが、子供の頃泳いだ川の美しい景観が消えていくのは寂しかったです。また、水害後、子供を連れて川に遊びに行ったのですが、昔は沢山いた魚がほとんど姿を消しているのに驚きました。戻ってきていないかなと願います。

千曲川の反乱の歴史

千曲川の名称の由来は千回曲がるです。それほど流れをしょっちゅう変える恐ろしい川で、我が街の字名に、「沖」「赤沼」「長沼」などがあることから、元は沼地だった低地の場所が多いです。犀川、裾花川が合流した千曲川に、我が街で田子川、浅川、鳥居川が流れ込み、下流の立ヶ花で川幅を狭く絞ります。そりゃ弱いですよね。

昔から、大雨で千曲川の水位が上衝した時に、飯山地方や上田地方で決壊するとこのあたりの水位が下がって、ほっとするなどと老人連中から聞いた記憶があります。

今回の稲穂の堤防決壊箇所は、まさに工事中で一番遅れていた箇所と聞きます。残念です。新潟まで保っていければダムでしのげたと思います。